2026年7月10日金曜日

自分がアメリカ人なら、今、日本を買いまくるけど、何故気づかないのかな・・・・

 日本は今、バーゲンセール状態だと思う。

ドル円が160円で推移する、今日この頃。

自分がアメリカ人で日本の事をある程度知っていたら、どうするか目線で考えてみた。

■食事視点

まずは日本の食事は安全/美味しい/安いの三拍子が揃っており

アメリカ人にも受け入れられる味だと思います。

■住居視点

日本は、外国人でも不動産が買えます。これは日本人である以上、政府に是正して欲しい

部分であります。中国人が水源近くとか、観光地の不動産を買って、インバウンドを利用して

外国人に利益を搾取されている。

政府が動かない理由は2つ程ある

1,アジアの途上国が外国人の土地購入を禁止する最大の目的は、海外の強い通貨(資本)によって自国の地価が暴騰し、地元住民が家を買えなくなるリスクを防ぐためで、

日本もバブル期までは外資を警戒していましたが、その後は「海外からの投資(お金)を呼び込んで経済を活性化させたい」という方針に舵を切ったため、購入のハードルを下げ続けた歴史があるから。


2,中国やベトナムなどの社会主義国(あるいはその名残がある途上国)では、そもそも自国民であっても「土地の所有権」は認められておらず、全員が国から土地を借りている状態(使用権)です。

「全員が買えない」という大前提があるため、外国人を排除しても国際ルール(内国民待遇)の違反になりません。一方、日本は個人の私有地(財産権)を強く認めているため、同様の理屈が使えないが、この円安である今、この2つの理由をもってしても、

日本人が自国の土地が高騰して都市部を追いやられる現実がそこまで来ていると思う。

話がそれてしまったが、日本に投資したい3つ目の理由は

■安全視点
夜、エリアを選ばずに好き勝手女性でも歩ける国は少ないでしょう。
シンガポールのように小さい国で統制がとれていれば別ですが、日本の国土で
それを維持できるのは、自由度が高く、インフラが整っているので
車の必要性が少なく電車/バスで寝てる人がいるのが普通の日本は、
リラックスが常にできる環境で、生活ができる。

そのうえ家族で住んでも教育水準が高いので、これより最高な国はあるのか?

多分アメリカ人にとって最もハードルが高いのは言葉の壁。
数千の文字を要する日本語のハードルの高さでしょうね。

2026年7月8日水曜日

人生には旅立ちのタイミングがいくつかある。学生時代からの旅立ちの記憶を辿ってみた

 僕が初めて家を出たのは18歳の夏だった。

大学1年の前期が終わり、通学2時間から解放されたく一人暮らしを

親にお願いした所、はれて一人暮らしが始まった。親父が引っ越しの荷物を

一人暮らしのアパートまで車で運んでくれたのを、覚えている。

その後、母が、掃除機を電車とバスを乗り継いで持ってきてくれた。

親になってわかる事だが、子供の巣立ちとは子供だけなく親にとっても

重要な、どこか寂しくなる気持ちがあったんだと思う。

最初の一人暮らしは、彼女もいなかったが孤独感を感じる事もなく

アルバイトをしたり学校生活を楽しんだ。

このアルバイトで社会勉強をさせてもらえたのは僕の人生でも大きかった。

何度も辞めようと思ったが、何とか仕事を覚えて、リーダーにまで昇格させてもらった。

その後、次の旅立ちは、社会人で実家に帰った3年後に単身、行ったこともない

オーストラリアに行く事にしたのを覚えている。


この時はさすがにホームシックになった。日本に彼女を残してきたのもあったし

実家+彼女がいる生活から一遍、誰も知らない、言葉も通じない国に来て

3カ月で帰国したくなったが、結局1年近くいた。

社会人になってから渡航したのは良かった。日本の働き方が正しいのか、

色々な選択の自由がある事を海外は教えてくれた。

今でも3000kmに及ぶオーストラリアのど真ん中を南から北に抜けたドライブは

覚えている。※この時に考え方が変わった。

そこから、3年ぐらい、また実家に戻り会社員を続けた後に、今度はフィリピンへ渡った。

本当はオーストラリアの後、すぐに行きたかったが諸事情で3年が経過した。

20代の1/3を海外で、1/2を地元以外で過ごした。

フィリピンでは起業精神が芽生えた。そして、東南アジアと先進国の違いや

仕事・生活の難しさを教えてくれた。特に英語に関してはフィリピン時代に今使っている

英語のほとんどを覚えたといっても過言ではない。当時の彼女が先生だった。


そして、30歳からは地元を離れて関西に在住した。家族もできた。10年も関西で生活した。

その間に、色んな事があった。

40代に入った時に、色んな考えが巡った。日本国内から、あちこち短期的に海外を飛び回る仕事より、家族を引き連れて海外移住したいと思うようになり、転職した。

初めての単身赴任というやつだ。

そして、今、メキシコに行き着いた。

家族が来るまでに1年はあるが、今までで感じた事がないくらい、寂しさを感じた。

そして、年齢と共に適応能力が下がっている事に気が付いた。

以前は感じる事はなかったが、経験を重ねる事で、色んな考えがでてきてしまい

一直線に行動に移すことができなくなった。

思い立ったら即行動がモットーだったが、フットワークは明らかに悪くになり

慎重になっている自分がいた。


もっと昔はガムシャラにそして時々、本質に基づいた行動が、正解に導いてくれた。

この先、自分がどこの国に住んで、どんな生活をするのかはわからない。

でも僕は40年間の人生で10代は親に依存していたと考えると

30年間の人生で、4回程大きな決断をして家を飛び出している。

人生は折り返しを過ぎている、後何回決断をすることができるだろうか・・・・

多くて3回、恐らく2回ぐらいだと思う。

最後の目指すべき場所は日本なのは確かだ。日本人なので今すぐに叶える事ができるが

この最後の地にたどり着くまでには、達成しなければならない目標が多々ある。

・子供のグローバル化

・生涯お金に困らない資産形成

・日本で最終的にどんな生活を送りたいのか

・自分にとって何が一番幸せか、家族抜きで答えを見つける事

・生涯の趣味を見つける

などなどだ。

まだ道半ばというよりスタート地点にいるだけだが、最初の3カ月。

つまり、9月ぐらいまでは試練だと思っている。


地元:24年

地元以外国内:14年

海外:4年

80歳までで

地元:43年 +19年

地元以外国内:24年 +10年

海外:13年 +9年

が一番理想の形かな。地元に住むのが最もハードルが高い・・・その理由は秘密

乗り切りたい。そして上手く回していけるように習得したい。

そんな抽象的で意味がわからないと思うが、気分です。


2026年7月5日日曜日

理由あって、牢獄生活を余儀なくされた地獄の2週間。陸の孤島レベルでない

過去に犯罪歴がないので、僕は牢獄生活をした事がありません。

唯一、それに少し近かかったのが、コロナの際の日本帰国時のホテル隔離でした。

確か、5日間程の在宅及び外出禁止という内容だったと思いますが、

自宅隔離なので、基本的にテレビはあるし、ネットもあって快適です。

 

しかしながら、色んな条件と環境が相まって、先日2週間、メキシコでほぼ牢獄のような

生活を送りました。※推奨されているだけであって、外出は可能なんですが。

①まず住んでいる場所が町から離れた郊外で、バス停までは約2kg、しかも

現金もほぼ持っていないので、乗る事はできますが、今のスペイン語の語学力と

土地勘のなさでは、帰り方がわかりません。

②自宅アパート周辺は野良犬が多く、しかも、ほとんどの野良犬が好戦的で

嚙まれそうで、徒歩では外出できない。

③インターネットが突然、ダウンしYou tubeなどはおろか、ヤフーのニュースすら

開けない状況。

④使って良い車はあるのですが、まだ免許を持っておらず、外には出れない

⑤テレビは付けても、どうせ理解不能だが、Smart TVなので、ネットがないと

何も映らない。

⑥本を読むと、眠たくなり、せっかく治った時差ぼけが戻ってしまうので、

本を読まないようにしている。

 

そうすると、結局、何もやる事がなく、海外生活は何度か経験していますが

久々にホームシックにかかっています。

日本と連絡を取りたくても、時差の関係で、特に日曜日は日本が月曜日の朝なので

誰も相手をしてくれない。※ネットがないから、どっちみち通信できないが・・・・

 

最初はネットがダウンするぐらい何とも思ってませんでしたが、いざ数日生活していると

不便で、暇で、勉強も全てネットでやっていたので、洗濯と掃除と料理ぐらいしか

やる事がなく、空腹でもないのに料理を無駄に作る始末。

 

これは地獄です。

かつて、オーストラリアにいた頃はネットもない、テレビも理解不能。

街までも遠かったのですが、何かと色々とやっていた気がします。

今、いるのは観光地でもないので、本当にやる事がない。

2026年7月3日金曜日

ネットとAIのせいで、海外在住ならではの面白さがなくなった買い物

 かつては海外、現地で何を買うのも、食料品であれば自分で試して

食べて、美味しい物を見つける。

衣料品などは、現地のショッピングモールなどで同じような年齢層が着ている

衣服を見てトレンドを知り、それを自分も探すような事をやっていました。

僕がフィリピンにいた時も食料品のスーパーでは、自分の好きなパンや

お菓子を試して見つけて、それを土産にしたもんです。


衣料品に関しては現地のトレンドと日本のトレンドを比較して、

自分が使うのもそうですが、現地人に教えてもらった流行をそのまま日本の

ヤフオクなどで販売して、商売までやっていました。

例えば、オーストラリア時代だとUGGブーツが流行していたので、よく帰国時に

購入し、オーストラリアでは円高だった影響もあり、日本の1/3ぐらいの価格で買えたので

それを2/3ぐらいで利ザヤを取り販売していました。

フィリピン時代だと当時、現地の若者に人気のあった・・・たぶん今もあるけど、

Benchというファッションブランドを自分でも着て、日本でもアイテムを販売して

日本の販売代理店でもやろうかと思ったぐらいです。

特にフィリピンではSandugoというサンダルメーカーがあり、少々重いですが

耐久性があり、履きやすいサンダルで、10年経過した今も履いています。


さてメキシコのサンダルメーカーはどうでしょう?

伝統工芸品とかいろいろあるけど、僕が目を付けて、今度、買おうと思っているのは

どこにでも売っているFlexiというメーカーのサンダルです。

ただ履きやすそうなんですが、東南アジアと違って高そうです。1足8-9000円はしそう。

一度ショッピングモールで色々見てみようと思います。

2026年6月30日火曜日

日本人である事を意識する。それを誇りに思いながら生きる感覚を海外で養う

 自分の国籍を意識する事は日本で住んでいる限り、ほぼないでしょう。

海外旅行や留学、その他の理由で海外に出た時に初めて、国籍を意識し、我々は日本であるという事に気づき、それを意識する。そもそも海外から日本人はどのように見られているのか?

僕なりの今のところの答えは下記だ。

・仕事熱心

・日本は便利な国

・日本人はつまらない人種

・日本人は英語が話せない

・日本の車は壊れにくい

・日本人は静か

・日本人で固まりがち

こんな所である、

そして僕が誇りにしている日本の事柄は

・日本人は約束を守る

・日本のインフラや利便性は世界最高レベルというより国の規模と人口を考えたら

 世界最強です。間違いなくナンバー1

・日本は仕事さえしなければ、一番豊かで住みやすい国。

・パスポートが示すように信用度が高い

このあたりを意識をして誇りを持って生きている。

一方で日本の嫌いな所は

・仕事上で個人主義はNG。なんでも仕事優先を装わないと、少し変に見られる

・安全を意識し過ぎる。少々のリスクを負わないと、面白い事には出会えない

・時間にきっちり過ぎる。5分前にこなければ、遅刻と思われる意味がわからん

・集団意見に同調し、個の意見を出さない風潮


こうやって嫌いな所や好きな事に気づく、日本の素晴らしさに気づくのも

海外に来たら、身を持ってわかる事。

いきなり停電する。水が出ない。

毎日のように交通事故を起こす運転マナーなど。こんな事、日本にいたら

絶対に経験できない(したくないけど)事で、どっちかというと、これが

ワールドスタンダードなのかもしれない。

2026年6月27日土曜日

メキシコの運転事情 生活し始めて先進国以外での日常の運転。日本との大きな違いは?

 メキシコの田舎町での生活が始まって、約2カ月。

最近は運転も始めました。過去にオーストラリアやアメリカでの運転。

ドイツのアウトバーンの運転や、東南アジアでの運転経験もある僕ですが、

メキシコの運転は東南アジアに類似する所も多いですが、以下が大きく違う点

・道路に穴がある

これ一番、注意しないとエアロやパンクに繋がります。

普通に突然、道路にマンホール小ぐらいの直径の穴が出現します。

こいつにはまると、ガタンとなるので注意が必要です。

・信号でなくBUMPがある

信号が少ないです。代わりにデコボコを故意的に作ってスピードを落とさせる

トペとかいう名前の物が存在します。スピードを下げずに突っ込むと、バンパーがやられます

・事故がやたら多い

1週間に2-3回事故を見ます。多くは無理な左折車(右側通行)と直進車の衝突です。

あとは追突が多いです。

・車線があってないような物

少し広い一車線では、いきなり隣に車がいる事があります。

日本に例えるなら高速の路肩から追い越しをかけるような感じです。

これが普通にあります。

・右折は常時できるのか?

アメリカの道路では赤信号でも、禁止標識がない限り、右折は可能背うです。

ただメキシコシティなどの都市部では近年、右折可能の標識でないと

右折できなくなっているようです。Prohibido vuelta a la derecha con luz rojaが右折可。

  • 赤信号の手前で「完全に一時停止(フルストップ)」をする
  • 歩行者や自転車が渡っていないか確認する(最優先)。
  • 左側から来る直進車が途切れたタイミングで、慎重に一番右側の車線へ進入する。

  • 常に運転=命がけの気持ちで運転しないといけません!

    2026年6月24日水曜日

    なぜ、時差ぼけが治らなくなるのか?年齢?環境?時差?

     日本とメキシコでは時差が15時間もあります。

    日本の昼の12時でメキシコは夜の21時です。

    北米の東はNYから西はLAまで幾度となく出張してきた僕ですが

    大体、時差ぼけは1-2日で治っていました。


    ところが今回、ほぼ1週間経過しても時差ぼけが治りません。

    21時には急激な睡魔に襲われます。

    そして夜中の3時に目が覚めて寝れなくなり

    大体、昼の14時を過ぎたあたりから、デスクに座っていても

    落ちるほど眠たくなります。


    この理由は何なのか、考えてみた所

    今までは、出張のため、訪問➡移動➡宿泊の繰り返しで

    気が張っており、そもそも昼間に眠気がくるような余裕がなかった。

    40代を越えて、環境が変わると起きやすくなって、朝ゆっくり寝れなくなった。

    極度のプレッシャーとやる事の多そうな気持が早く体を起こそうとしている。


    などなどが考えられる理由です。これを書いているのも実は

    夜中の2時半です。もう寝れません、集中力がぐんぐん上がりますが

    12時間経過すると睡眠薬でも飲まされたかのように眠たくなります。