2026年7月8日水曜日

人生には旅立ちのタイミングがいくつかある。学生時代からの旅立ちの記憶を辿ってみた

 僕が初めて家を出たのは18歳の夏だった。

大学1年の前期が終わり、通学2時間から解放されたく一人暮らしを

親にお願いした所、はれて一人暮らしが始まった。親父が引っ越しの荷物を

一人暮らしのアパートまで車で運んでくれたのを、覚えている。

その後、母が、掃除機を電車とバスを乗り継いで持ってきてくれた。

親になってわかる事だが、子供の巣立ちとは子供だけなく親にとっても

重要な、どこか寂しくなる気持ちがあったんだと思う。

最初の一人暮らしは、彼女もいなかったが孤独感を感じる事もなく

アルバイトをしたり学校生活を楽しんだ。

このアルバイトで社会勉強をさせてもらえたのは僕の人生でも大きかった。

何度も辞めようと思ったが、何とか仕事を覚えて、リーダーにまで昇格させてもらった。

その後、次の旅立ちは、社会人で実家に帰った3年後に単身、行ったこともない

オーストラリアに行く事にしたのを覚えている。


この時はさすがにホームシックになった。日本に彼女を残してきたのもあったし

実家+彼女がいる生活から一遍、誰も知らない、言葉も通じない国に来て

3カ月で帰国したくなったが、結局1年近くいた。

社会人になってから渡航したのは良かった。日本の働き方が正しいのか、

色々な選択の自由がある事を海外は教えてくれた。

今でも3000kmに及ぶオーストラリアのど真ん中を南から北に抜けたドライブは

覚えている。※この時に考え方が変わった。

そこから、3年ぐらい、また実家に戻り会社員を続けた後に、今度はフィリピンへ渡った。

本当はオーストラリアの後、すぐに行きたかったが諸事情で3年が経過した。

20代の1/3を海外で、1/2を地元以外で過ごした。

フィリピンでは起業精神が芽生えた。そして、東南アジアと先進国の違いや

仕事・生活の難しさを教えてくれた。特に英語に関してはフィリピン時代に今使っている

英語のほとんどを覚えたといっても過言ではない。当時の彼女が先生だった。


そして、30歳からは地元を離れて関西に在住した。家族もできた。10年も関西で生活した。

その間に、色んな事があった。

40代に入った時に、色んな考えが巡った。日本国内から、あちこち短期的に海外を飛び回る仕事より、家族を引き連れて海外移住したいと思うようになり、転職した。

初めての単身赴任というやつだ。

そして、今、メキシコに行き着いた。

家族が来るまでに1年はあるが、今までで感じた事がないくらい、寂しさを感じた。

そして、年齢と共に適応能力が下がっている事に気が付いた。

以前は感じる事はなかったが、経験を重ねる事で、色んな考えがでてきてしまい

一直線に行動に移すことができなくなった。

思い立ったら即行動がモットーだったが、フットワークは明らかに悪くになり

慎重になっている自分がいた。


もっと昔はガムシャラにそして時々、本質に基づいた行動が、正解に導いてくれた。

この先、自分がどこの国に住んで、どんな生活をするのかはわからない。

でも僕は40年間の人生で10代は親に依存していたと考えると

30年間の人生で、4回程大きな決断をして家を飛び出している。

人生は折り返しを過ぎている、後何回決断をすることができるだろうか・・・・

多くて3回、恐らく2回ぐらいだと思う。

最後の目指すべき場所は日本なのは確かだ。日本人なので今すぐに叶える事ができるが

この最後の地にたどり着くまでには、達成しなければならない目標が多々ある。

・子供のグローバル化

・生涯お金に困らない資産形成

・日本で最終的にどんな生活を送りたいのか

・自分にとって何が一番幸せか、家族抜きで答えを見つける事

・生涯の趣味を見つける

などなどだ。

まだ道半ばというよりスタート地点にいるだけだが、最初の3カ月。

つまり、9月ぐらいまでは試練だと思っている。


地元:24年

地元以外国内:14年

海外:4年

80歳までで

地元:43年 +19年

地元以外国内:24年 +10年

海外:13年 +9年

が一番理想の形かな。地元に住むのが最もハードルが高い・・・その理由は秘密

乗り切りたい。そして上手く回していけるように習得したい。

そんな抽象的で意味がわからないと思うが、気分です。


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