2019年4月1日月曜日

ワーキングホリデー時代にケアンズでの仕事の探し方を公開します。

英語力、日常会話力以下の僕が3ヵ月語学学校に通って、ケアンズで仕事を探そうとした時の
奮闘記をここに記録しておこうと思います。今回は旅ブログではありません。
 
まず、僕の選択肢としては日本語を必要とする仕事以外で選べる仕事はありませんでした。
ここで、かなりの英語力を有している人であれば、現地の接客業などに携る事ができ、語学力も急上昇する事でしょう。
そのため、肉体労働を避けたかった僕は、日本食レストランもしくは、お土産物屋の二択になってしまいました。
日本食レストランで、接客に関われれば少なからず、英語を使う仕事ができるなと淡い思いを抱いて
受けた最初の面接が、ラーメン屋でした。
 
ここは日本人が経営するラーメン屋で、あえて名前は出しませんが、Cairns Centreの近くにある
ラーメン屋です。
時給は違法で、激安の$8。
大学生以下の時給です。ですが、滞在していくには働くしかありません。
オーキッドプラザと呼ばれる日本人が集まる、モールの建物の掲示板で、この求人を見つけた僕は
すぐに面接を受けました。
実際に働いてみると、僕の英語力ではホールスタッフには雇ってもらえずに
洗い場に任命されました。
洗い場には4人のスタッフがいました。国籍構成は・・・・・・・・4人中4人が日本人です。
『海外に来ている、意味ねぇーーー』と思い、1日で日当の$40受取、辞める事にしました。
 
続いて、見つけた求人は、日本人経営の焼肉屋でした。
なぜ・・・・・・・レストランばっかりのなのか・・・・・・・・
さすがに飲食店にはこりごりだったので、その面接は受けずに、その日から2週間毎日、掲示板を見る日が続いた。
しかし、お土産屋の求人は人気が高いのか、なかなか出てこない。
そのため、エスプラネード沿いにある、お土産に片っ端から、履歴書を配って回ることにした。

もちろん、英語の履歴書を作らなければならない。

すぐに語学学校で、ネットと学校の先生からアドバイスをもらいつつ、履歴書を数時間かけて作成した。
30代になっても、僕の英字の履歴書は、それがベースになっている。
飛び込んで仕事を探すのは、結構な苦痛であった。
お土産物屋の店員の大半は女性であり、僕が最初に話しかける相手は、大体がワーホリメーカーだ。
彼等は正直、自分のシフトに入り込んでくる、別のワーホリメーカーには入ってきてほしくないはずなのだ。
そのため、仕事を探しいていると伝えると、日本語でも英語でも、かなり冷たい態度で接しられた。
 
それでも10数件訪問して、形態に一度でも連絡があるのを待った。
でも、一件も面接すらしてもらえなかった。オーナーが出て来てくれる店も数店舗あったが、オーナーの言っている事が
わからず、あえなく不採用となったのだ。
仕事探しを始めて、1ヶ月。
ふと掲示板を見ると、お土産屋の店員の求人が出ていた。掲載日を見ると、今日だった。
すぐに電話を掛けた。その日の夕方に面接に行く事になった。
着替えはなかったが、タンクトップに短パンの格好で面接に行った。
日本人向けの日本人が経営する、お土産屋。外国人来客率は10%程。
それでも接客だった。
時給も$14.50だったが、ラーメン屋よりかはマシだった。
そこに食らいつくことにした。
結局、そこで6ヶ月働かせてもらった。今では良い思い出だ。そのあとにファームでも働こうと思っていたが
諸事情により、セカンドビザは取れなくなったので、僕のオーストラリアでの就業経験は、そこだけである。
学生時代の就職活動以外で、アルバイトの仕事を探すのに苦労したのは後にも先にも、これが最高だった。

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